順平の家と隣のセンバイの家の石垣との間には細い小路があり、木小屋の脇を抜けて少しばかり急な斜面を登り裏の秋本さんの家に通じている。
センバイの裏口の脇にあたるその斜面は湿っぽく蔦が何本もぶら下がっていた。
ある時、要塞は木小屋の裏の茂みの中に造られた。少し薄暗く、湿り気があり、下に敷くゼンマイの葉も多くあったので、要塞としてはとても良い物はできはしたものの、如何せん下の小路との距離が近すぎた。
「フンフンフン……」と楽しげな鼻歌まじりに斜面を登っていく郵便屋さんや勤め帰りの秋本のおじさんの疲れた背中。
攻撃を仕掛けるどころか、みつかると恥ずかしいので、じっと身を潜めていなければならなかった。
一度、地下要塞を設営したことがある。
家の裏庭で、深江に住む健ちゃんと一緒に造った。
その場所は、かつて大きな鶏舎が建っていたのだが、数年前の裏山の崖崩れで倒壊してしまった。
そんなこともあって、母は順平がその場所に行くのを嫌がる。特に雨降りの日にはそうである。
穴を掘り進めると鳥の羽やら骨やら木切れやらがごろごろと発掘された。
大きめの穴を掘り、トタン板で屋根を掛け、その上から土を盛ってカモフラージュした。
中に入ると、ひんやりしていた。地下の低い視線からの眺めはとりわけ新鮮で、父の言っていた塹壕とはかくなる物だったのかという想像が頭を過ぎった。
しかし、この地下要塞は親の目の届く所にあり、悪いことにトンネル遊びで生き埋めになった子のニュースが流れたために、あえなくも封鎖せざるをえなくなってしまったのである。
トンネルではなく、あくまで要塞だと言い張ったのだが、女将校はなにやら鋭利な武器を器用に動かしながら、首を縦に振ろうとはしなかった。芳しい匂いにすっかり生気を吸いとられた一兵卒としては、
「今晩何?」
と聞いて上官の注意を他に逸らす以外に、有効な手だては持ち得なかったのである。
終